最高裁判所第一小法廷 平成8年(オ)677号 判決 1996年10月31日
上告人
近藤繁俊
同
津田佐保子
右両名訴訟代理人弁護士
佐藤禎
澤田憲治
被上告人
株式会社七福
右代表者代表取締役
青山大志
右訴訟代理人弁護士
奥見半次
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人佐藤禎、同澤田憲治の上告理由について
一 原審の確定した事実関係の概要及び記録によって認められる本件訴訟の経過等は、次のとおりである。
1 第一審判決添付物件目録(一)、(二)記載の各不動産(原判決において更正されたもの。以下「本件不動産」といい、個々的には「(一)1の土地」のようにいう。)は、もと、近藤寅三郎、その妻である近藤琴子、同人らの子である上告人近藤繁俊及び近藤樹俊が単独所有し、又は共有していたものであるが、近藤寅三郎が昭和四五年五月二九日に、また近藤琴子が昭和五八年一月一一日にそれぞれ死亡したため、本件不動産は、いずれも相続により同人らの子である上告人津田佐保子、同近藤繁俊、迫田瑛子及び近藤樹俊の四人の共有となった。
2 その後、迫田瑛子及び近藤樹俊がその持分を譲渡したことから、現在では(一)の各土地は、上告人近藤繁俊が一二分の六、被上告人が一二分の五、上告人津田佐保子が一二分の一の持分割合で、また、(二)の各土地建物は、上告人近藤繁俊が四分の二、被上告人及び上告人津田佐保子が各四分の一の持分割合で、それぞれ共有している。
3 本件不動産は、いずれも至近距離内に位置し、近藤寅三郎が病院の開設許可を受けて以来、(二)5の建物が病院本体、医師等の休憩所として、(二)3の建物が看護婦寮として、(二)4の建物が車庫、看護婦寮として、それぞれその敷地である(一)の各土地及び(二)1、2の土地と共に、一体として病院の運営に供されている。現在、本件不動産においては、上告人近藤繁俊が、開設許可を得て、上告人津田佐保子の夫と共に近藤病院の名称で病院経営を行っている。
4 被上告人は、靴類の製造販売等を目的とする株式会社であり、平成二年四月に近藤樹俊からその持分を買い受けたものであるが、上告人らとの間の分割協議が調わなかったため、本件不動産の共有物分割を求める本件訴えを提起した。被上告人は、本件不動産の分割方法として、競売による分割を希望している。
5 これに対し、上告人らは、救急病院として地域社会に貢献している近藤病院の存続を図るためには、上告人らによる経営の継続が不可欠であると主張して、自らが本件不動産を取得し、被上告人に対してその持分の価格を賠償する方法(以下「全面的価格賠償の方法」という。)等による分割を希望している。
二 本件は、以上のとおり、病院、その附属施設及びこれらの敷地として一体的に使用されている土地建物を対象とした共有物分割の訴えであるところ、原審は、民法二五八条による共有物分割の方法として、全面的価格賠償の方法を採ることはできない旨を判示して、本件について全面的価格賠償の方法による共有物分割を認める余地があるか否かについては審理判断することなく、本件不動産を競売に付して、その売得金を持分の割合に応じて分割すべきものとし、これと同旨の第一審判決を相当として上告人らの控訴を棄却した。
三 しかしながら、民法二五八条の解釈適用に関する原審の右の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
1 民法二五八条二項は、共有物分割の方法として、現物分割を原則としつつも、共有物を現物で分割することが不可能であるか又は現物で分割することによって著しく価格を損じるおそれがあるときは、競売による分割をすることができる旨を規定している。ところで、この裁判所による共有物の分割は、民事訴訟上の訴えの手続により審理判断するものとされているが、その本質は非訟事件であって、法は、裁判所の適切な裁量権の行使により、共有者間の公平を保ちつつ、当該共有物の性質や共有状態の実状に合った妥当な分割が実現されることを期したものと考えられる。したがって、右の規定は、すべての場合にその分割方法を現物分割又は競売による分割のみに限定し、他の分割方法を一切否定した趣旨のものとは解されない。
そうすると、共有物分割の申立てを受けた裁判所としては、現物分割をするに当たって、持分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ、過不足の調整をすることができる(最高裁昭和五九年(オ)第八〇五号同六二年四月二二日大法廷判決・民集四一巻三号四〇八頁参照)のみならず、当該共有物の性質及び形状、共有関係の発生原因、共有者の数及び持分の割合、共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値、分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的に考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ、かつ、その価格が適正に評価され、当該共有物を取得する者に支払能力があって、他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が存するときは、共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠償させる方法、すなわち全面的価格賠償の方法による分割をすることも許されるものというべきである。
2 これを本件についてみるに、前記一の事実関係等によれば、本件不動産は、病院、その附属施設及びこれらの敷地として一体的に病院の運営に供されているのであるから、これらを切り離して現物分割をすれば病院運営が困難になるものと予想される。そして、被上告人が競売による分割を希望しているのに対し、上告人らは、本件不動産を競売に付することなく、自らがこれを取得する全面的価格賠償の方法による分割を希望しているところ、本件不動産が従来から一体として上告人ら及びその先代による病院の運営に供されており、同病院が救急病院として地域社会に貢献していること、被上告人が本件不動産の持分を取得した経緯、その持分の割合等の事情を考慮すると、本件不動産を上告人らの取得とすることが相当でないとはいえないし、上告人らの支払能力のいかんによっては、本件不動産の適正な評価額に従って被上告人にその持分の価格を取得させることとしても、共有者間の実質的公平を害しないものと考えられる。
3 そうすると、本件について、全面的価格賠償の方法により共有物を分割することの許される特段の事情の存否について審理判断することなく、競売による分割をすべきものとした原判決には、民法二五八条の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるというべきであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があるから、原判決は破棄を免れない。
4 そして、本件不動産の分割については、右の全面的価格賠償の方法によることの許される特段の事情の存否のほか、現物分割と価格賠償とを併用することの当否(前記のとおり、本件不動産は一体として病院の運営に供されているが、記録によれば、上告人らは、本件訴訟の過程において、(一)1、(二)1、2の土地及び(二)3の建物を被上告人に取得させる内容の現物分割を提案していたことも認められるから、本件不動産の一部は必ずしも病院の運営に不可欠ではないことがうかがわれる。そうすると、本件については、具体的な事情のいかんによっては、本件不動産中、右の各不動産を被上告人の取得とし、その余を上告人らの取得とした上、価格賠償の方法によって過不足の調整をする分割方法を採ることも考えられないではない。前記大法廷判決参照)等について、更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官遠藤光男 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)
上告代理人佐藤禎、同澤田憲治の上告理由
○ 上告理由書記載の上告理由
一、原審判決のとおり本件各不動産を競売に付することによって分割がなされたときは、救急病院として尼崎市及び周辺地域社会に多大の貢献をしている近藤病院は解体され住民に対する医療サービスの低下は明らかとなる。
○ 平成八年二月二七日付け上告理由書補正の申立書記載の上告理由
原審(大阪高等裁判所)が、控訴人らの主張する、控訴人らが本件不動産のすべてを取得しその代償金を被控訴人に支払うという分割方法を主張したにもかかわらず、被控訴人が反対したことを理由にこれを採用しなかったことは、(上告人の)財産権を保障する憲法第二九条第一項に違反するとともに、(被上告人)財産権も公共の福祉により制限を受ける旨規定する同条第二項に違反するので上告する。